大阪地方裁判所 平成6年(ワ)9444号 判決 2000年11月20日
原告
笠谷馨
(補助参加人
医療法人社団医聖会ほか一名)
被告
井上光男
ほか一名(補助参加人
三井海上火災保険株式会社)
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して、金八二六万二八六〇円及びこれに対する平成三年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用(補助参加によって生じた費用も含む。)は、これを一八分し、その一を被告ら及び被告ら補助参加人の負担とし、その余を原告及び原告補助参加人らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、連帯して、金一億四三九三万七四二四円及びこれに対する平成三年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被告井上光男(以下「被告光男」という。)運転・被告井上邦彦(以下「被告邦彦」という。)保有の車両が原告運転の車両に追突した事故について、原告が被告光男に対して民法七〇九条に基づき損害賠償を請求し、被告邦彦に対して自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事案である。なお、本件請求は、一億四五六六万九四五七円の一部請求である。
一 争いのない事実
1 事故(以下「本件事故」という。)の発生
日時 平成三年九月二日午前九時三〇分ころ
場所 大阪市都島区片町二丁目二番三五号先路上(以下「本件事故現場」という。)
車両一 普通乗用自動車(京都五二ま七一二五。以下「原告車両」という。)
運転者 原告(昭和三八年一二月三一日生まれ)
車両二 普通乗用自動車(大阪五四ち七三一八。以下「被告車両」という。)
運転者 被告光男
所有者 被告邦彦
事故態様 本件事故現場で原告車両の先行車が停止したため、引き続いて原告車両が停止したところ、後続の被告車両が原告車両後部に追突した。
2 責任原因
本件事故は、被告光男の前方不注視の過失により発生したから、被告光男は民法七〇九条により、本件事故について損害賠償責任を負う。被告邦彦は、本件事故当時、被告車両の保有者であったから、自賠法三条により、本件事故についての損害賠償責任を負う。
3 入通院経過
<1> ツヂ病院
平成三年九月二日通院
<2> 小崎外科病院
平成三年九月三日から平成四年一月二四日まで通院
<3> 関西医大附属男山病院
平成三年一一月一九日から平成四年一月一一日まで通院
<4> 真鍋整形外科
平成四年一月二七日から平成五年八月三日まで通院
<5> 八幡中央病院
平成四年二月二〇日から同月二二日まで入院(三日間)
平成四年四月一三日から同年七月一一日まで入院(九〇日間)
平成四年一二月二九日から同月三一日まで入院(三日間)
<6> 奈良県立病院
平成四年三月九日から同月二三日まで通院
<7> 大阪府立身体障害者福祉センター附属病院
平成四年八月四日から平成五年五月二八日まで通院
4 既払額
原告は、三井海上火災保険株式会社より、本件事故による休業損害の名目で、三九〇万三〇九一円の支払を受けた。
二 争点
本件の争点は、<1>本件事故による後遺障害の有無、程度及び症状固定時期、<2>寄与度減額、<3>損害額である。
1 後遺障害・寄与度減額(争点<1>、<2>)について
(原告の主張)
<1> 外傷性
原告は、本件事故により、第四・五頸椎椎間板ヘルニアの傷害を負った。
原告は、本件事故前は、頸椎椎間板ヘルニアの既往症はなく、大阪府立労働センターで舞台装置の管理の仕事を行ってきた。ところが、本件事故直後から、左上肢のしびれ、左握力の低下、左上肢の知覚低下を訴えている。したがって、原告の症状は、頸椎椎間板ヘルニアに起因し、これは本件事故によって引き起こされたものである。
被告らは、本件事故態様が軽微である旨主張するが、本件事故後、原告車両の後部バンパーは明らかに曲損し、大きくくぼんでおり、原告が追突されたときに大きな衝撃を受けたことは明らかである。しかも、原告がバックミラーで被告車両が減速せずに進行してくるのを見て振り向いた途端に被告車両に追突されたものであり、ちょうど、首をねじったときに大きな衝撃を受けた。
被告らは、原告が事故後に就労していたと指摘するが、原告は、イベント会社から誘われた舞台監督の仕事に魅力を感じて前職を退職し、イベント会社のカラオケ機器販売の全国キャンペーンのために、舞台装置と照明装置の設営を手伝うことを約束していた矢先に本件事故にあったため、イベント会社に大きな損害を与えないために無理を押して手伝ったものである。しかも、原告は、左手のしびれ、握力低下等でせっかく就職したイベント会社の仕事を続けることが出来なくなり、キャンペーン終了と同時に退職した。
原告は、電気工事士の資格を生かして、平成三年一二月から大阪中央病院の施設管理員として就職したが、左手の握力が約一七kgと低下していたので、施設管理員の仕事をかろうじて務めることが出来た。
<2> 後遺障害
ⅰ 頸椎等の後遺障害
原告は頸椎の手術をしたが、この手術により、原告の頸椎の運動可動域は、前屈二五度、後屈〇度、右屈五度、左屈五度、右回転五度、左回転〇度となって正常可動範囲の二分の一以上制限されており、脊柱に著しい運動障害を残すものとして後遺障害別等級表六級五号に該当する後遺障害が残り、手術のため骨盤骨を第三ないし第五頸椎間に移植したことにより骨盤骨に著しい奇形を残すものとして一二級五号に該当する後遺障害が残った。
原告は、八幡中央病院で頸椎前方固定術及び腰椎後方固定術を受けたが、整形外科の専門医は、原告の症状が手術を必要とするものであると判断していた。
原告の症状が手術を必要とし、手術を実施した真鍋医師に手術ミスがなかった以上、原告の現在の症状は本件事故に起因するものということができる。本件事故後、真鍋医師による手術という第三者の行為が介在しているが、第三者に故意又は重大な過失がない限り、相当因果関係は中断されない。
ⅱ 上肢等の障害
原告は、左上肢の自動運動が不能で握力も〇であるから、一上肢の用を全廃したものとして、五級六号に該当する。
被告らは、原告主張の症状が詐病であると主張するが、原告は、後遺障害にもかかわらず労働意欲をもって就労しているのであって、詐病ではない。
また、知覚神経と運動神経は全く別系統の神経であるから、筋電図で異常がなくても、知覚神経が切断されている可能性はある。原告は、筋肉の衰えを防ぐために低周波治療器を毎日二、三時間欠かさずかけており、これによって筋萎縮を防いでいる。
ⅲ 症状固定時期
原告は、平成五年五月二八日に症状固定し、上記後遺障害が残った。
ⅳ まとめ
本件事故による原告の後遺障害は以下のとおりであり、併合三級に該当する。
一上肢の用を全廃したもの 五級六号
骨盤骨に著しい奇形を残すもの 一二級五号
脊柱の著しい運動障害 六級五号
<3> 減額事由
脊柱の著しい運動障害及び骨盤骨の著しい奇形は精神的要因に左右されるものではない。
左上肢自動運動不能について、精神的因子により病状の悪化があったとしても、予期せぬ事故で頸椎に損傷を負ったため、頸椎の手術を受けようと決断するくらい本人としてはつらい状態では、たとえ精神的な要素が含まれていたとしても、原告を非難するのは酷である。
したがって、原告の現在の障害を前提に後遺障害等級を判断しなければならない。
(被告らの主張)
<1> 外瘍性
原告のヘルニアは従前からの既往症であって、本件事故と原告のヘルニア症状との間に因果関係を認めることはできない。本件事故は軽微な追突事故であり、かつ、原告は本件事故後も仕事を継続しており、ヘルニアの程度は軽微であり、原告は事故から八ヶ月余りが経過した平成四年四月二五日から仕事をしなくなった。
仮に、本件事故と術前のヘルニアとの間に因果関係を認めるとしても、その症状は後遺障害と認めることはできないし、仮に後遺障害と認めるとしても、せいぜい一四級一〇号程度のものである。
<2> 後遺障害
ⅰ 頸椎等の後遺障害
原告には椎間板ヘルニアの手術適応がなかったから、手術をしない状態での後遺障害の有無を判断すべきである。
仮に、平成四年四月二五日の手術に手術適応があったとしても、前方固定術による脊柱の奇形が一一級七号に該当するのみである。
ⅱ 左上肢等の後遺障害
原告は術後に左上肢全体の自動不能になり、かつ全知覚を喪失したというが、術後にそのような症状悪化になる理由がない。しかも、長期にわたって上肢や下肢に運動不能や重度の運動障害が持続すれば必ず筋萎縮が生じるのに原告の左上下肢には全く筋萎縮がない。また、神経異常により知覚麻痺が生じれば必ず筋電図に異常が生じるのに、このような異常もなく、原告の訴える症状と客観的な検査結果とに根本的な矛盾がある。さらに、実際、原告は、健常者と同じように左上肢を動かし、かつ物をつかんでおり、自動運動不能、知覚消失、握力なしなどということは全くない。歩行も、健常者と同様の速度で自在に歩いており、運動障害などは全く窺われない。首も健常者と同様に動かしている。
よって、平成四年四月二五日の手術以降に生じたとする左上肢の運動不能、知覚喪失、左下肢の運動障害、知覚障害などは明らかな詐病である。
<3> 減額事由
本件事故とヘルニアとの因果関係を認めるとしても、原告の身体的素因が強く影響しているから、その関与部分については本件事故による損害額から除外すべきである。その関与割合は、五〇%を下らない。
(被告ら補助参加人の主張)
<1> 外傷性
原告に頸椎椎間板ヘルニアが存在したとしても、これは本件事故によって生じたものではない。外傷性椎間板ヘルニアの場合には、受傷直後から重度麻痺が発生し、レントゲン所見では当該椎間の著名な狭小化がみられるが、本件における原告の症状・検査所見・臨床経過は外傷性のそれとは合致していない。原告の腰椎には古いシュモール結節(私病)が認められており、頸椎のヘルニアも事故前から存在したと考えるのが自然である。
本件事故による傷害は、頸部・腰部挫傷程度である。原告について外傷性椎間板ヘルニアは考えられず、画像検査にみられるヘルニア像も本件事故とは関係がない。ただし、この像に伴う症状が事故により誘発・悪化した可能性があるが、そうだとしても明らかな他覚的所見を欠くことから、約四週間程度の治療で足りる程度のものである。
<2> 後遺障害
ⅰ 頸椎等の障害
頸椎椎間板ヘルニアによる症状は、神経根症状と脊髄症状に分かれ、それぞれ特有の神経学的所見がみられるが、原告の訴える症状はそのいずれとも整合しない。それにもかかわらず、真鍋医師は、詳細な神経学的検査を行わず、実際に施行した検査で得られた神経学的所見も原告の訴える症状と何一つ合致するものはないのに、自覚症状としての筋力低下のみで手術適応ありと判断した。しかし、原告には心因性因子の関与が考えられるので、手術は禁忌であった。
原告は、脊柱の運動障害、骨盤骨の著しい奇形の後遺障害を主張するが、原告に手術適応がなかった以上、その主張は認められない。
ⅱ 左上肢等の後遺障害
原告には、症状に見合う筋萎縮が認められないのであるから、原告が後遺障害と主張する一肢の用廃は存在しない。
なお、原告の主張する左下肢の障害(運動制限、知覚低下)は、原告の私病(腰椎ヘルニア、腰椎すべり症など)によるものである。また、骨盤骨の変形(左上前腸骨棘骨移植による欠損)も私病の治療のための手術(腰椎固定術)によるものである。
<3> 減額事由
本件では、原告の頸椎椎間板ヘルニアは事故前から存在しており、本件事故は症状を誘発・悪化せしめたにすぎない。仮に、本件事故によりヘルニアが発症したとしても、本件事故はごく軽微な事故であること、原告には私病として腰椎に古いシュモール結節が認められたこと、事故後、原告には外傷性ヘルニアで典型的にみられる重度麻痺等はみられず、従来の仕事を継続していることなどを考え合わせると、原告には、事故前から、日常の些細な外力でもヘルニアが起こるほどの重篤な椎間板変性が存在し、その結果、本件事故が契機となって軽度のヘルニアが出現したものと考えられる。また、仮に、その後ヘルニアが悪化したとしても、原告が途中で通院を中断したり、仕事を継続していたことがその原因であった。
また、原告の術後の症状悪化の原因や原告の現在の症状について医学的に説明がつかないということは、少なくとも結果的に見れば、真鍋医師が手術適応と判断した原告の症状には、原告の心因的要因が大きく関与していたということができる。
したがって、本件手術により生じた脊柱の奇形の後遺障害が存在するとしても、手術の対象となった術前の症状に原告の既往症、心因的要素が大きく関与している以上、損害額の算定に当たっては、大幅な減額がなされるべきである。
2 損害額(争点<3>)について
(原告の主張)
<1> 治療費(立替) 三万三六一二円
奈良病院 一二六〇円
身体障害者福祉センター 六〇九二円
真鍋整形外科 二万二二六〇円
八幡中央病院 四〇〇〇円
<2> 通院交通費 一〇万五〇〇〇円
<3> 入院雑費 一二万四八〇〇円
(計算式)
1300円×96日=12万4800円
<4> 付添看護費 六万三〇〇〇円
原告の妻と母は、原告の入院中、手術後二週間にわたり付添看護した。
(計算式)
4500円×14日間=6万3000円
<5> 休業損害 三九〇万三〇九一円
原告は、被告から、平成四年から平成六年五月末日までの間、減収前の給与と手術後の給与との差額や賞与の減額分として合計三九〇万三〇九一円の支払を受けた。
<6> 逸失利益 一億一二〇四万三〇四五円
原告の平成五年分(一月から一二月)の年収は、五三四万三〇一六円である。
症状固定日(平成五年五月二八日)における原告の年齢は二九歳であるから、六七歳までの三八年間(新ホフマン係数二〇・九七〇)就労可能といえる。
原告の後遺障害等級は併合三級であるから、労働能力喪失率は、一〇〇パーセントである。
(計算式)
534万3016円×100%×20.970=1億1204万3045円
<7> 入通院慰謝料 二八〇万円
原告は、本件事故により、平成三年九月二日から平成五年五月二八日までの間治療を受け、その間頸椎前方固定術のために九六日間入院し、通院実日数は、一六一日間に及んでいる。頸椎前方固定術という困難な手術を受けたことも考慮し、入通院慰謝料としては上記金額が相当である。
<8> 後遺障害慰謝料 一七五〇万円
原告の後遺障害等級は併合三級であることから、後遺障害慰謝料として、上記金額が相当である。
<9> 弁護士費用 一三〇〇万円
(被告らの主張)
<1> 治療費・通院交通費等
本件は軽微な事故であり、原告が長期にわたって治療を要するとは解されないし、椎間板ヘルニアも本件によるものではないから、本件事故と原告主張の治療費との因果関係はない。仮に本件事故と原告の症状との間に因果関係があるとしても、原告は平成五年五月二八日に症状固定しているから、同日以降の通院の必要性はない。
<2> 休業損害・逸失利益
原告は、事故当時、イベントを企画する会社に勤務していたが、その後会社内の事情(本件事故以外の理由)から同社を退職し、平成四年一月から大阪中央病院の職員(ボイラー係員)として稼働している。原告は大阪中央病院において他の職員とほぼ同等の給与を得ているから、原告が主張する後遺障害の逸失利益は発生していない。
<3> 遅延損害金
原告が詐病を訴え始めた以降の遅延損害金を請求することは権利の濫用に該当するから、平成四年四月二五日以降の遅延損害金の請求は認容すべきではない。
第三争点に対する判断
一 前提事実
1 事故態様
証拠(甲一五、乙二、三、七、検乙一)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
原告は、原告車両を運転し、本件事故現場にさしかかったところ、原告車両の先行車両が停車したため、原告も原告車両を前車の後方に停車させた。一方、被告光男も、被告車両を運転し、原告車両と約一二・七mの車間距離をおいて本件事故現場にさしかかったが、右方を脇見していたため、停車した原告車両の発見が遅れ、前方六・四mの地点に原告車両が停車しているのを発見し、急制動の措置をとったが、間に合わず停車中の原告車両に追突した。そして、原告車両は、二・一m前方に押し出されて停車した。なお、被告車両のスリップ痕は、一・三mであった。本件事故により、原告車両後部バンパーの中央部が湾曲するなどしたところ、原告車両の損害は、修理費として二〇万九〇九〇円を要した。
2 症状経過等
証拠(甲一、二、三の一、二、甲四の一ないし六、甲五、六の一ないし三、甲七ないし一一、一二の一、二、甲一三の一ないし六、甲一四ないし一七、乙一、四ないし六、九ないし一二、丙一ないし七、検丙一ないし四〇、丁一、二、検丁一、二、証人真鍋、鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
原告は、本件事故当日(平成三年九月二日)、ツヂ病院を受診し、項部痛、腰痛、左上肢しびれ、吐き気、左頸部圧痛を訴えた。頸椎、腰椎レントゲン写真では異常は認められなかった。同病院では、頸部、腰部挫傷、投薬約二週間の通院加療見込みと診断された。
翌日(平成三年九月三日)、原告は、小崎外科医院を受診し、左上肢倦怠感、左下肢腱痛を訴え、握力は右五〇kg、左二〇kg、ラセーグ徴候左右陽性との所見があった。頸椎捻挫、左上肢神経麻痺と診断され、投薬、頸部牽引の治療がなされ、平成四年一月二四日まで通院した。この間、原告は、平成三年九月二六日には、左上肢に力が入らないと訴え、また、平成三年一一月一日の握力は、右五五kg、左一七kgであった。
原告は、平成三年八月末日まで、財団法人大阪労働協会に勤務していたが、同年九月初旬よりイベント会社に舞台監督として就職し、事故後の同年九月下旬より一〇月末まで、全国キャンペーンの仕事をしていたが、一〇月末で退職した。
原告は、平成三年一一月一九日、小崎外科医院の紹介により、精密検査のため関西医大附属男山病院を受診した。初診時の所見は左頸部痛、左腕痛、左頸、肩から指にかけて知覚鈍麻、左下腿から拇趾にかけて知覚鈍麻、ジャクソン及びスパーリングテスト陰性、ラセーグ徴候右七〇度、左六五度、ブラガードテスト右、左陽性、上腕二頭筋及び三頭筋反射は両側とも正常であり、頸肩腕症候群、根性坐骨神経痛と診断された。同病院にて、同年一一月二五日、頸部、同年一二月一一日、腰部のMRI検査がなされ、椎間板ヘルニアが存在したものと認められた。同病院の医師は、MRI検査の結果により第三・四頸椎椎間板突起、第一ないし五腰椎ヘルニアと判断したが、原告のヘルニアは手術までは必要がないと判断し、牽引療法及びブロック療法を行った。
原告は、平成三年一二月六日から大阪市北区所在の大阪中央病院に施設管理員として就職し、平成八年四月まで勤務した。
原告は、平成四年一月二七日、左上肢の麻痺の症状を訴え、関西医大附属男山病院で撮影したMRI検査の結果を持参して、真鍋克次郎医師(以下「真鍋医師」という。)の経営する真鍋整形外科病院を受診した。その際の所見は、左上肢しびれ、ジャクソンテスト左陽性、握力右五二kg、左一二kg、左上腕二頭筋筋力低下であった。また、前記MRI検査の結果により第三、四頸椎、第四、五腰椎で脊髄圧迫を認めた。同年二月五日、長拇指屈筋力左四右五、下肢腱反射正常、筋萎縮なし、ホフマン反射は正常であった。
原告は、平成四年二月二〇日から同月二二日まで、脊髄腔造影のため、真鍋医師が理事長を務める八幡中央病院に入院した。入院時の所見は、左前腕知覚鈍麻、腰痛、頸部痛、左大腿後ろから足先にかけてしびれ、頸部硬直、両項部圧痛、ジャクソン及びスパークリングテスト左陽性、反射左右低下、ホフマン反射陰性、握力右二六kg、左五kgであった。同病院において、脊椎腔の造影を施行し、第四・五頸椎の椎間板ヘルニアを認めた。真鍋医師は、手術適応と判断したが、原告の要望もあり、保存的療法を加え、検査をしながら様子を見た。もっとも、八幡病院放射線科小林医師は、同日のCTから、わずかな後縦靭帯骨化があるのみで圧迫はないと判断している。
原告は平成四年二月二五日大阪中央病院を受診し、その時の所見は、左上肢方以下痛覚鈍麻、触覚は正常、スパーリングテスト両側陰性、上肢腱反射亢進、ホフマン反射陰性、膝蓋腱反射正常、アキレス腱反射亢進、ラセーグ徴候陰性、下腿筋力低下であった。同月二八日には、握力右四九kg、左一三kgであり、CT検査の結果により第四・五頸椎に椎間板ヘルニアが認められた。同病院の医師は、頸部と腰部の手術をすることをすすめた。
平成四年三月九日、原告は、県立奈良病院を受診し、腰部が重い感じがし、左足が階段を上がるときひっかかると訴え、その所見は、左長拇趾伸筋力低下、左握力低下、知覚低下、ホフマン腱反射左+-、膝蓋腱反射左右亢進との所見であった。
原告は、平成四年四月一三日から同年七月一一日まで、椎間板ヘルニアの手術のために八幡中央病院に入院し、同年四月二五日、第三・四、第四・五頸椎椎間板を切除して、左上前腸骨棘骨移植する方固定術を受けた。本件手術の際、頸部に軽度の後縦靭帯骨化が認められた。なお、同時に腰椎椎間板にヘルニアがあって、シュモール結節になっていた部分についても切除し、ステフィー(内固定の装具)と骨の移植で後方固定を施行したが、腰椎の椎間板ヘルニアについては、本件事故前からあった古いものであった。同年六月五日の診断では、左肩を挙げると、左の肩に痛みがあった。また、同年六月二五日の握力は左五kgであり、同年七月一五日の握力は、左四・五kgであり、同年一〇月三一日の握力は、左三kgであった。ただし、平成四年一〇月二日の大阪府立身体障害者福祉センターにおける筋電図の検査において、筋弱力に見合った変化はなかった。
原告は、平成四年一二月二九日から同月三一日まで脊髄造影のために八幡中央病院に入院した。同月二九日撮影の脊髄造影のX線写真では、第三頸椎から第五頸椎までが後弯位になっており、第三頸椎椎体の下縁に硬膜の圧迫が存在し、これは、頸部周囲の軸生疼痛を出現させ、あるいは増悪させ得るものであった。しかし、硬膜の圧迫程度は軽く、また、移植骨の脱転はなく骨癒合も得られていることから、これが器質的に術後の神経症状を特に悪化させるものではないと認められた。
平成五年五月二八日、大阪府立身体障害者福祉センターの坂田医師が、後遺障害診断書を作成した。同診断書によれば、左上肢のすべての関節が自動運動不能、左上肢の知覚については、温痛覚、触圧覚、位置覚、振動覚が消失、右握力六〇kg、左握力〇kgとされている。ただし、握力低下に見合った筋萎縮はなかった。
本件鑑定のための検査時においては、第三頸椎から第五頸椎までの前方固定術後の固定間椎間板は後弯位に固定されていることが認められ、隣接椎間である第二・三頸椎、第五・六頸椎間及び第六・七頸椎間において硬膜管の狭小化が軽度にみられた。ただし、脊髄内の輝度変化は認められなかった。頸部CTでは、前方固定部である第三・四頸椎間で正中からやや左よりに前方から脊柱管への骨増殖体が認められた。また、筋電図においては左上肢に脱神経電位は全く認められなかった。鑑定人は、左上肢の強い筋力低下を説明できる器質的病変は見出せないとの意見を述べた。
本件鑑定のための診断によれば、原告は、左頸部から肩部痛、左肩から上肢の感覚脱失、左体幹から下肢の感覚鈍麻、左上肢の完全運動障害、左下肢の不完全運動障害を訴えた。また、上腕周囲経、右三一cm、左三一cm、前腕周囲経、右三一・〇cm、左二九・五cmであった。ライトテスト、モーレイテストは左右とも陰性であり、ジャクソンテスト、スパークリングテストはともになし、左右とも膝蓋腱及びアキレス腱反射の亢進がみられ、ホフマン、トレムナー反射は両手ともに軽度にみられ、クローヌスは左側のみに認められた。
被告らが提出したビデオテープ(乙一一)によると、平成一〇年五、六月の時点で、原告は健常者と同じように歩行し、両手でパンフレットを丸める等の動作をしている。また、特段の支障なく車両を運転している。
二 後遺障害等
1 外傷性
以上認定によれば、原告は、本件事故後一貫して、左上肢のしびれ、握力低下等を訴えており、また、少なくとも事故後約二ヶ月半経過した、平成三年一一月一九日撮影のMRIにおいては、頸部椎間板ヘルニアが存在していたことが認められる。そして、左上肢のしびれ等は、同椎間板ヘルニアにより神経根が圧迫されたことによる症状として不自然なものとはいえない上、原告の訴える症状が本件事故前から継続していたことを窺わせる事情は認められない。したがって、本件事故を契機にして、頸部椎間板ヘルニアが発症したと認めるのが相当である。
この点、被告らは、本件事故態様が軽微であることから、椎間板ヘルニアが本件事故によって発生したとはいえないと主張するが、前記認定の本件事故態様からしても、本件事故時に、原告の頸部に相当程度の力が加わったと認められるから、本件事故により椎間板ヘルニアが発症したとしても何ら不自然ではない。
また、被告らは、外傷性の椎間板ヘルニアであれば、本件事故直後から相当程度の自覚所見があるはずであるにもかかわらず、原告は、本件事故後も稼働しているとおり、外傷性のヘルニアにしては症状経過が不自然であると主張するが、外傷性のヘルニアでは外傷後の悪化があり得ないわけではなく、また、事故直後から手術までの原告の症状は、ある程度の悪化はあるものの、基本的には同様の症状であって、継続性があるから、本件事故による外傷性の椎間板ヘルニアの症状と考えても不自然ではない。
2 頸椎等の後遺障害
被告らは、八幡中央病院でなされた前方固定術の手術には手術適応がなかったと主張するが、上記のとおり、原告には本件手術時に椎間板ヘルニアが発症していたことが認められるのであり、また、大阪中央病院の医師も手術適応を認めていたとおり、検査所見により、原告の訴える症状の因子となり得る椎間板ヘルニアが認められたのであるから、頸部について前方固定術をなしたことについて、手術適応がなかったとはいえない。したがって、頸椎前方固定術後の後遺障害と本件事故との相当因果関係が切断される事情はないから、前方固定術による頸椎の変形障害についても、本件事故による後遺障害と認めるのが相当である。
この点、原告は、頸椎について、運動障害があると主張し、それに沿う内容の後遺障害診断書(甲一)を提出するが、本件鑑定書によると現在の症状としても頸部の運動障害は認められず、他に原告の頸部の運動障害を認めるに足りる証拠もない。したがって、原告主張の頸部運動制限は認められない。しかし、前記認定のとおり、第三頸椎から第五頸椎までの前方固定術後の固定間椎間板は後弯位に固定されていることが認められるのであるから、その程度を考慮して、原告の頸椎等の後遺障害については、脊柱に奇形を残すものとして後遺障害等級一一級七号に該当するものと認めるのが相当である。
また、原告は、骨盤骨の著しい変形の後遺障害が存するとも主張するが、骨盤骨に変形があったとしても(甲一)、本件において、それが著しい変形かどうかが明らかではないので、いまだ、これを認めるに足りない。
3 左上肢の後遺障害
本件事故により原告が頸椎椎間板ヘルニアを発症したものであることは前記認定のとおりであるが、原告が本件事故直後から本件手術前まで訴えた頸部から左腕にかけての疼痛等の神経症状の原因については、頸椎の椎間板ヘルニアによる神経根の圧迫によるものとして合理的に説明し得るものと認められる。また、前方固定術による手術後においても、第三・四、第四・五の頸椎椎間板について、頸椎が前屈し、第三頸椎により脊柱管の圧迫がなされているのは前記認定のとおりであり、それにより、頸部から左腕にかけての疼痛等の神経症状は、手術後も残存したものと認めることができる。その症状の程度については、原告の訴える症状、レントゲン、MRI等による検査所見等を考慮すれば、本件事故と因果関係ある後遺障害として、局部に頑強な神経症状が残ったものと認めるのが相当である。
これに対し、被告らは、原告には左上肢に後遺障害が残っていないと主張するが、左上肢の神経症状については、本件事故による椎間板ヘルニア及びその手術後の頸椎の変形に起因するものと推定できるものである。また、被告らが提出した、原告の現在の生活状況を撮影したビデオテープ(乙一一)においても、いまだ原告の左上肢に神経症状があることと矛盾する動作はない。したがって、被告らの主張は採用できない。
ところで、原告は、術後左上肢が全廃した旨主張する。しかし、前記認定のとおり、本件手術後の頸椎による硬膜の圧迫程度は軽いものと認められ、それが左上肢の運動不全等の症状の要因となるとは考えられない。真鍋医師も全廃に至る原因は考えられないと述べるところである。また、原告の主張するような左上肢の運動制限があれば、当然、筋萎縮が認められるはずであるのに、原告の左上肢に筋萎縮が認められる旨の検査所見は全くない。また、左上肢の筋電図上も異常は認められておらず、原告の左上肢についての脱神経所見はほとんどない。さらに、被告らが提出したビデオテープ(乙一一)によれば、原告が格別の支障なく左手で物をつかむ等の動作をしていることが認められるのであるから、原告主張の握力低下については、その症状があるかどうかも疑わしい。したがって、本件事故により術後原告主張の左上肢の運動制限が生じたと認めることはできない。
よって、左上肢の後遺障害については、頑固な神経症状の限度で、本件事故と因果関係があるものと認めるのが相当である。
4 まとめ
以上により、本件事故により、原告に残存した後遺障害は、脊柱に奇形を残すもの(後遺障害等級一一級七号)及びそれに伴う神経症状として、局部に頑固な神経症状を残すもの(後遺障害等級一二級一二号)に該当するものと認めるのが相当である。したがって、原告の後遺障害は、結局、後遺障害等級表の併合一〇級に該当するというべきである。そして、前記認定の症状経過及び弁論の全趣旨によれば、上記後遺障害は、遅くとも、平成五年五月二八日までに症状固定したものと認めることができる。なお、腰椎については、前記認定のとおり、私病と認められ、本件事故との間に因果関係は認められない。
三 寄与度減額
被告らは、原告には椎間板ヘルニアの素因があったと主張する。確かに、原告には本件手術時に、軽度の後縦靭帯骨化が認められているが、それのみで神経症状をきたす程度のものではない。また、原告には腰部にシュモール結節があったことが認められるが、そのことから頸部についてもヘルニアの素因があったと推測することはできない。また、本件事故前に頸椎について何らかの素因があったことを窺わせる症状が原告にあったと認める証拠はない。
もっとも、前記認定のとおり、頸部の運動障害や左上肢の運動制限に関する訴えに誇張等があって、ことのほか重篤であるが、この事情及び証拠(甲一〇、丙七、鑑定の結果)によれば、原告の神経症状の訴えについては、原告の心因性の要因も相当程度関与しているということができる。
以上によれば、前記認定の後遺障害につき、損害の公平な分担という観点から、被告らの負担すべき損害額を三割減額するのが相当である。
四 損害額
1 治療費
原告は、前記のとおり入通院したが、平成五年八月までの治療については、本件事故と相当因果関係ある治療と認めるのが相当であり、証拠(甲一二の一、二、甲一三の一ないし六、甲一九の一ないし五四、甲二〇)によれば、原告は、主張のとおり合計三万三六一二円の治療費を支払っていることが認められるから、これを本件事故と相当因果関係ある損害と認める。
2 通院交通費
弁論の全趣旨によれば、本件事故と相当因果関係ある治療についての通院交通費として、一〇万五〇〇〇円を要したものと認める。
3 入院雑費
原告は、本件事故による傷害の治療のために、九六日間入院したものと認められ、入院雑費については、日額一三〇〇円を必要な費用と認めるのが相当である。したがって、本件入院雑費は下記の計算式のとおりとなる。
(計算式)
1300円×96日=12万4800円
4 付添看護費
原告の入院中、近親者の付添いが必要であったと認めるに足りる証拠はない。
5 休業損害・逸失利益
前記認定事実、証拠(甲一五、甲一八の一ないし三、甲二一、乙一〇、一一)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
原告は、大阪府内の工業高校で電気工事士の資格をとり、同高校を卒業後、昭和五七年四月から平成三年八月末日まで、財団法人大阪労働協会で、舞台装置の管理等の仕事をしていた。その後、平成三年九月よりイベント会社に就職したものの、同年一〇月末に退職した。この間、同年九月二日に本件事故が発生したが、当時、原告は財団法人大阪労働協会での仕事の引継等をしているところであった。それまでの原告の収入は明らかではないが、平成三年九月当時、原告(昭和三八年一二月三一日生まれ)は二七歳であったところ、賃金センサス平成四年産業計・企業規模計・高卒男子二五~二九歳の平均賃金は三九九万二七〇〇円である。
原告は、平成三年一二月一六日より大阪中央病院に施設管理員として就職し、平成八年四月に退職した。そして、平成四年の原告の年収は、三七〇万三一四八円であり、平成五年の原告の年収は、五三四万三〇一六円であったことが認められる。この間、原告は、平成四年二月二〇日から二二日、同年四月一三日から七月一一日まで、同年一二月二九日から三一日まで八幡中央病院に入院している。
原告は、平成八年五月より電気関係の会社に就職したが、経営不振のため同年一二月に退職した。その後、平成九年九月より平成一〇年三月まで電気器具販売等の会社で働き、同年五月より職業安定所の紹介で携帯電話販売等の会社に就職し、同年一二月に退職した。また、平成一一年一二月より、職業安定所の紹介で、携帯電話販売等の会社に就職し、手取月額三三万一九六八円の収入を得ている他、週によっては、休日に電気会社でアルバイト(日額八〇〇〇円)をしている。
以上の事実からすれば、原告は、本件事故後も継続して就労している事実が認められるが、本件事故による傷害の治療のために入通院した結果、一定程度の減収があったものと認められる。また、原告には上記認定のとおりの後遺障害が発生したことが認められ、脊柱の変形については、原告の就労に影響を及ぼしたものと認められる。しかし、上記認定の原告の就労状況、入通院状況、後遺障害の部位・程度を総合考慮すれば、原告は本件事故日より、本件事故による傷害についての治療を継続した二年間(ライプニッツ係数一・八五九)については、賃金センサス平成四年産業計・企業規模計・高卒男子労働者二五~二九歳の平均賃金(三九九万二七〇〇円)の三〇%の割合で休業したものと認めるのが相当である。
また、症状固定(平成五年五月二八日)後の後遺障害については、本件事故後の原告の就労状況、被告ら提出のビデオテープ(乙一一)にみられる原告の行動等に鑑みれば、賃金センサス平成五年産業計・企業規模計・高卒男子労働者平均賃金(五一七万五四〇〇円)の一〇%の限度で労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。
原告の症状固定時の年齢は二九歳であり、六七歳まで三八年間(事故時からのライプニッツ係数一五・三)就労可能と認める。
以上によれば、原告の休業損害及び逸失利益は、事故時点の現価としては、以下の計算式のとおりとなる。
(計算式)
399万2700円×0.3×1.859=222万6728円(一円末満切捨て)
517万5400円×0.1×(17.159-1.859)=791万8362円
6 入通院慰謝料
原告の傷害の程度、入通院経過からすれば、一五〇万円を入通院慰謝料として認めるのが相当である。
7 後遺障害慰謝料
原告の後遺障害の部位・程度からすれば、四四〇万円を後遺障害慰謝料として認めるのが相当である。
8 小計(寄与度減額・損益相殺)
以上合計金額は、一六三〇万八五〇二円である。これから三割を控除すると損害は一一四一万五九五一円(一円未満切捨て)と認められる。
原告は、被告らより、本件事故の損害金として、三九〇万三〇九一円の支払を受けているから、それを控除した額は、七五一万二八六〇円となる。
9 弁護士費用
本件訴訟の経過、認容額などの事情に照らすと、本件事故と相当因果関係ある弁護士費用としては、七五万円を相当と認める。
10 遅延損害金
本件において、遅延損害金を認めない理由はない。
五 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 中路義彦 齋藤清文 下馬場直志)